2014年12月3日水曜日

韓国ジャーナリズムの成熟

『韓国人がみた日本を動かしているもの』朝鮮日報編サイマル出資ご芒人は自分の顔を自分でみることはできない。日本人の何たるかは、異文化の鏡に映しだされるその姿を眺めて、これを確認するよりはかない。ベネディクトの『菊と刀』に始まりヴォーゲルの『ジャパン アズ ナンバーワン』(一九七九年、ティビーエスーブリタニカ)にいたるまで、外国人の手になるおびただしい数の日本人論が出版されてきたのは、日本人の自己確認への欲求がそれだけ強いものであったことを物語っている。

外国人の眼に映る自国像にいささか神経質なこの傾きの中に日本人の自信喪失をのぞきみることもできようが、自己確認が未熟なままにとめどもない国際化に踏み込みつつある現状を顧みるならば、この「神経質」は大いに推奨されて然るべきものであろう。しかし本当の自己を確認するのには、多面鏡が要る。鏡に映る前面だけをみていたのでは、背広の背部のはころびには気がつかない。これまでの日本人論が、イー・オリョン氏の『「縮み志向」の日本人』(一九八二年、学生社)などを数少ない例外としてほとんど欧米人のものであったというのが、われわれの自己確認の危うさを暗示している。

それでは客観的に日本を見据えたものが秀で九日本人論かといえば、そうとばかりもいえない。日本人をどう捉えるかが、書き手の自己確認にとってどうしても避けられないという、そういう切実さがあってこそ、その日本人論によってわれわれもまた真剣な自己確認を迫られるのである。

私か『韓国人がみた日本』をあまたの日本人論の中で出色だとみなす理由がここにある。長らく韓国のことを勉強してきてこれほど私を動かした本はない。本書のもとになっだのは、『朝鮮日報』が一九八三年に長期にわたり連載した「克日の道」シリーズである。現代日本を本格的に紹介した、独立以来の韓国で初めての試みであった。この「暴挙」は韓国の言論界に大きな反論を巻きおこした。日本を克服することを民族意識定立の命題にしなければならない理由はない、克日という表現それ自体が日本への劣等感をあらわすものだ、というのが反論の精神であった。

反論をのりこえて「知って然るべき日本」をあえて報じようとしたその真摯の中に、著者たちの自己確認への熱い心情を読み取ることができる。「われわれが不幸な過去に執着して日本を遠ざけるほど、その不幸な過去は繰り返されざるをえないという宿命的な認識のもとに、日本がどのような国であり、われわれにとってどのような意味をもつ民族であるかを把握しなければならない」という問題意識が鮮やかである。

「和」を貴び、「分」に安んじる日本人の伝統的価値を羨望するその姿勢は、そうしたものに低い価値づけしか与えない韓国人社会の不安定性の自己確認である。しかし同時に、近年の日本人のアジアにおける立ち居振る舞いの中に自民族優秀論への危険な傾きを嗅ぎ取る鋭い嗅覚は、確かに韓国人に固有のものであり、われわれの自己認識の怪しさを暴いてやまない。

2014年11月4日火曜日

年俸制の根底にある人事評価

アメリカの場合、労働市場が日本に比べればはるかに開放的かつ流動的である。経営者を含め、つねに人材のスカウトや転職が行われており、その結果として市場価格が先行して決まり、それが企業の内部評価に反映することが多い。実際、スカウトが提示した価格をテコにして内部で昇給交渉を行う事が少くない。

年俸制の根底にある人事評価、人材評価はこれからますますその重要性を増すことになるであろうが、能力評価の発展は流動性のある外部市場の発展と相互に補完しながら進んでゆくものと思われる。定期昇給制度や賃金体系の見直しにともなって直面せざるを得ない大きな問題に昇給カーブの問題がある。これは年齢賃金プロファイルあるいは勤続-賃金プロファイルの問題と言いかえてもよい。

年功的な賃金・雇用制度の下で、新卒者として入社してからそのまま会社につとめつづけた従業員の場合には年齢-賃金プロファイルも勤続-賃金プロファイルも一致するが、別の会社などで年月を過ごして途中入社した人の場合には、この二つのプロファイルは外の経験が内部経験にくらべ割引かれるだけプロファイルは異ってくる。しかしいずれにしても、これらのプロファイルすなわち昇給カーブが年功的賃金の下では、勤続年数が一年ふえるごとに二十二%といったかなり急なカーブで上昇する形になっていることが多い。

このような昇給カーブのもとになっている定期昇給制度をこれからの企業が維持してゆくことは難しいのではないかと前述したが、それではどのようなカーブとして再設計する事が望ましいのだろうか。昇給カーブは前章で述べたメガトレンドの歴史的な変化という大きな環境条件変化の下では、その勾配をゆるやかにして行かざるを得ないと考えられる。

第一に、経済の成長が鈍化し、企業の成長が鈍化してくると、かつてのように年々の大幅な賃金上昇は望めなくなる。成長にともなう賃金の上昇は、ひとつは賃金ペース全体の上昇すなわちベースーアップの形で行われたが、いまひとつは成長を推進する技術進歩すなわち新しい技術の学習や技術の習熟の成果の分配として、経験にもとづく賃金率の上昇という要素を含んでいる。後者はここで言う勤続-賃金プロファイルの形状を決定する要素のひとつであり、経済成長そして企業成長の鈍化はこの要素にもとづく賃金上昇を低下させることになる。

2014年10月3日金曜日

スウェーデンでの炭素税の制度

スウェーデンではこのように、他の国々にさきがけて、炭素税の導入にふみきったわけですが、それはどのようにして可能となったのでしょうか。スウェーデンでの炭素税の制度が導入された過程をふりかえってみると、民主主義的な政治の理想像がえがかれているように思います。

スウェーデンでの炭素税の制度はじつは、もっと広い税制改革の一環として導入されたものでした。一九九一年の炭素税導入に先立つこと三年、一九八八年、スウェーデンの国会の中に、税制改革のための委員会がつくられましたが、環境税の導入はその一部だったのです(ちなみに、スウェ七アンは、日本やアメリカと異なって、国会は一院制をとっています。)

国会の中につくられた税制改革委員会は与党、野党を含めて、国会議員の人数に比例して、その構成メンバーが決められました。税制改革委員会は、その下に専門委員会をつくり、関係省庁の代表、専門家、一般市民の代衣などを任命します。専門委員会は、炭素税をはじめとして税制改革全般について、一年間にわたって調査・研究し、税制改革の原案を作成して、本委員会に提出しました。本委員会ではさらに議論を重ねて、一年間かかって、税制改革案をつくり、国会に提出しました。税制改革委員会の構成からわかるように、本委員会が出した税制改革案が国会で承認されることは確実です。

スウェーデンでは、税制改革にかぎらず、国会で必要な法案を決めるときに、同じような手続きを経て審議されます。一九九一年の炭素税の制度は、地球環境を保護するための政策として画期的な意味をもつものですが、その導入は、このようなスウェーデン国会の民主的でしかも理性的な手続きのもとではじめて実現できたといってよいと思います。スウェーデン国会のあり方は、これまでくり返し強調してきたリペラリズムの思想が、実際の政治の基調となっていることを示しています。日本の国会とあまりにも大きな違いかおるのではないでしょうか。

2014年9月3日水曜日

取引所による上場会社の規制

この場合、損害を被った投資家は、発行者やその役員の一般不法行為(民法709条)に基づく損害賠償責任を追及することになりますが、取引所の自主ルールの違反が直ちに不法行為法上の「違法性」の要件を満たすとはいえず、開示の遅滞や不実開示が違法と評価されるのはどのような場合か総合的に判断されることになるでしよう。取引所は、上場会社の決算発表の際に、次期の売上高・経常利益等の業績予想、利益配分に関する基本方針、経営成績・財政状態の当期実績および次期見通しの分析などの開示を求めており、決算内容とこれらを併せて決算短信と呼んでいます。決算短信は、有価証券報告書による開示よりも前に、決算情報を速やかに投資家に開示することを目的としています。

決算短信の開示内容は投資家のニーズを反映して近年充実が図られてきましたが、開示情報の増大により決算発表が遅れる懸念もあるため、東京証券取引所では、決算短信の内容を整理・簡素化し、原則として期末後45日以内に発表するよう求めています。決算短信に含まれる情報のうち業績予想は、法的には、上場規則によって開示が義礎づけられるものではなく、証券取引所の要請により上場会社が自発的に開示するものです。経営者による業績予想は投資家の投資判断にとって極めて重要な情報ですし、経営者がアナリスト等に個別に業績予想またはその判断資料を提供するのに比べると「公平な開示」を実現するものといえ、多くの上場会社が取引所の要請に応じて業績予想を公表しているのは好ましい慣行です。

業績予想の開示は、それが外れたということだけから虚偽の開示であると評価されることはありませんが、合理的な根拠に基づかない業績予想は、それを開示した時点ですでに虚偽の開示といえます。その場合、業績予想が外れる可能性を投資家に表示して注意を促すだけでは、発行者は免責されません。証券取引所は、四半期開示やタイムリー・ディスクロージャーのように、法令よりも高いレベルの情報開示を自主規制によって実現してきました。上場会社のコーポレートーガバナンスや上場会社の行動についても、自主規制による規律づけは可能です。質のよいルールが制定されれば上場会社にも投資家にも利益になりますので、市場間競争が機能すれば、放っておいてもよいルールが制定されると期待できます。

もっとも、いったん上場した会社が取引所を変更するにはコストがかかりますし、会社は上場後に適用される自主ルールの内容だけを見て上場先を決定するわけではありませんから、実際には、自主ルールについて競争が成立しているとはいえないでしょう。コーポレートーガバナンスに関する諸外国の例を見ると、ニューヨーク証券取引所(NYSE)は、上場会社の取締役の過半数が独立取締役であること、および取締役候補者選考・コーポレートーガバナンス委員会、報酬委員会、監査委員会のメンバーが全員独立取締役であることを、上場会社に求めています。これは、エンロン事件等の会計不正事件を経て、2002年制定のサーベンスーオックスリー法によって連邦法によるコーポレートーガバナンスヘの介入が強力に推し進められた結果ですが、NYSEの規則の内容は、連邦法に基づいて制定されたSEC規則のさらに先を行くものです。

これに対しロンドン証券取引所(LSE)は、上場会社が尊重すべき最善慣行規則を定め、これと異なる基準を採用する会社には、その理由を開示させ、開示によって会社の慣行を誘導する政策(「従うか、さもなくば説明せよ」のルール)を採用しています。以下では、わが国の証券取引所による上場会社の規制を、東京証券取引所(東証)の例を用いて紹介します。平成17年ころに、敵対的な企業買収が数件試みられ、投資ファンドが積極的に株主権を行使するなど、企業の現経営陣が「買収の脅威」に晒される事態が生じました。これに対応して上場会社は、ライツプラン(ポイズンピルともいう)と呼ばれる新株予約権を典型とする、さまざまなタイプの買収防衛策を導入しました。

2014年8月6日水曜日

粗糖相場、反ブラジルの思惑

粗糖の国際価格が膠着(こうちゃく)状態に陥っている。

指標のニューヨーク市場の先物(期近)は終値ベースでみて、2月上旬につけた1981年以来の高値である1ポンド19.30セントを上値抵抗線とし、6月中旬に付けた直近安値の同14.71セントを下値支持線とする範囲内に落ち着いてしまった。

昨年来2倍以上に高騰し、一時はニューヨーク市場の総建玉(未決済取引残高)は55万枚(枚は最低取引単位、1枚は50英トン)前後に達していたのが、いまでは42万枚程度まで縮小。買い方だった商品ファンドなどの投機筋は粗糖を手じまって米長期国債などのほかの投資先を模索しているためだ。

高騰の背景となっていたのはガソリン混合燃料のエタノール向けサトウキビ需要の拡大観測だった。1990年代初頭から先行してエタノール生産に力を入れてきたブラジルでは今後も一層の燃料用エタノールの普及拡大を進める姿勢だ。

一方、米国ではブラジル産エタノール輸入拡大に慎重姿勢が広がり、自国産トウモロコシを原料としたエタノール生産拡大へ向けた動きが活発化している。

脱石油資源の取り組みは長期的な流れとなってくるのは確実だ。だが、原料としてトウモロコシとサトウキビのどちらが主力となるのか、不透明さを増しつつあることが、粗糖相場膠着の一因にもなっている。

いずれは中国やインドなどでもエタノール生産は広がってくると予測されている。だが、タピオカなどほかの農作物や木質繊維など、より現地事情にあった低コストな原料からエタノールを製造する技術の研究が進んでいる。日本でも沖縄でのサトウキビ原料のエタノールの試験生産に加え、新潟でコメを原料とした生産計画も始まっている。

先行して普及が拡大したのがブラジルでのサトウキビを原料としたエタノールだったことから粗糖相場にまず火がついた。早くから設備増強を進めてきた同国では自国消費分以上のエタノールの輸出拡大も目指している。

世界最大の生産量を武器に粗糖市場では相場を左右する往年のキングメーカーでもある同国は、エタノール市場でも覇権を握りたいというのが思惑だ。だが、国家戦略物資でもある燃料の原料に関してやすやすと輸入依存に甘んじる国が出てくるとは考えにくい。

長期的には自動車向けに限らず、幅広い分野への普及拡大の可能性も秘めているエタノールだが、「反ブラジル」ともいえる微妙な各国の戦略が見えてくるに従い、粗糖国際相場も方向感を失いつつあるようだ。

2014年7月16日水曜日

国家賠償上の責任論での解決

ところが、一九七八年、水俣病認定患者数が急増したため、患者の認定要件を環境庁が変更し、ほとんどの患者が認定を拒否されることになった。それ以降、被害者は責任追及と法的救済を求める一方、政府は裁判所の和解勧告に応じなかったために、村山内閣時代まで、事態は解決の目処がたっていなかった。

国家賠償上の責任論では解決は困難であり、和解を含む話し合いに早期、最終的、全面的に解決を図るべく努力することで合意した与党三党は、細部のつめを環境調整会議(与党が省庁別課題を検討する場)に指示したが、各党の意見調整には時開かかかった。救済の範囲、具体的解決の方法などで立場は異なった。環境庁がこれまでの経緯を理由に、早期解決を図るとしても行政主導で行いたいと考えたことも、問題を複雑にさせた。

九五年九月、一時金の対象者と金額、救済対象者の判断方法、チッソ支援策などを盛り込んだ最終合意案「水俣病問題の解決について」が与党三党により提示されると、環境庁はこれを受け入れる決断をし、長官が熊本、新潟両県に謝罪した。他方、患者団体も、政府案の受け入れを表明したため、政府は一二月閣議で正式決定し、村山首相が「遺憾の意」を明らかにして、四〇年にわたる紛争に一応のピリオドが打たれた。

村山内閣の園田博之宣房副長官(政務)が熊本県出身であり、厚生省出身の古川貞二郎官房副長官(事務)も水俣病問題に長く携わってきたことも、問題解決にはプラスであった(村山富市「そうじゃのう」)。しかし、被爆者援護法、戦後五〇年の談話同様に、首相の決断がなければ、決着は難しかった。村山は、大島理森を環境庁長官に任命する際に、是非、水俣病問題には決着をつけてほしいと求めたという。

自民党の野中広務は、戦後五〇年の総理談話、被爆者援護法、水俣病問題など一連の問題への取り組みを評価し、村山内閣は自民党に迎合したのではなく、自民党が冷戦後も「そのしっぽをひきずって棚卸しができないでいた問題を解決する」ことで、社会党がこれまで追い続けてきた「反戦平和」「弱者救済」の理想を形にしたのだと述べている(野中広務「私は闘う」)。

2014年7月2日水曜日

ヨーロッパ市民権構想

ブリュッセルで買ったマンガ入りの絵葉書に、こんなことが書かれてあった。「あなた方は、完璧なヨーロッパ人を造るとすればどうしますか?」「イギリス人のように料理する。フランス人のようにドライブする。ベルギー人のようによく働く。フィンランド人のようにおしゃべりする。ドイツ人のようにユーモラスである。ポルトガル人のように器用である。スウェーデン人のようにフレキシブルである。オーストリア人のように忍耐づよい。ルクセンブルク人のように有名になる。イタリア人のように自制する。アイルランド人のように冷静でいる。スペイン人のように控えめになる。オランダ人のように気前がいい。ギリシヤ人のように組織的である。デンマーク人のように慎重に行動する」これを読んだヨーロッパ人は誰でも笑い転げるだろう。その理由は解説する必要もあるまい。

もう一つ。ヨーロッパのベスト組み合わせと、最悪組み合わせ。まずベスト組み合わせ(天国チーム)は、警官がイギリス人で、シェフがフランス人。メカがドイツ人で、恋人はイタリア人。すべてを取り仕切るのがスイス人。他方の最悪組み合わせ(地獄チーム)は、警官がドイツ人で、シェフがイギリス人。メカがフランス人で、恋人がスイス人。イタリア人がすべてを取り仕切る。

それにしてもヨーロッパ人という種族は、夢もあるがユーモアもある。多民族共同体ユーロランドはここしばらくは安泰だろう。具体化するヨーロッパ市民権構想は日常生活も変化するが、もっと重要な生活構造上の変化は、EU全体に拡大するヨーロッパ市民権構想である。EU加盟国の市民であれば、どこでも共通の市民権を持つことができるという発想こそ、EUの共同体理念をより高度なレベルに引き上げていくために不可欠のステップである。

EUが共同体として加盟国の市民に対して与えることのできる最高の贈りものは、ヨーロッパ市民権構想である。居住権、教育権、雇用と職業選択の自由という基本的権利から、大学卒業資格、技能資格の証書まで共通にしようという徹底ぶりである。EU市民はどこにいても基本的権利を共有するというのは、新しい社会モデルの創造である。

2014年6月17日火曜日

家庭でも普及した血圧計

血圧はさまざまな要因で動揺し、一日のなかでも変動しています。医師に測ってもらった血圧が、その人の日頃の血圧を表わしているかどうかは必ずしも保証されません。精神の興奮や身体活動によって血圧か変化するのは当然であり、これはむしろ人間か生きている証拠ともいえることです。冷気にさらされると、血管か収縮して血圧は上がり、風呂に入って体が暖まると血管が拡張して血圧は下がります。冬に血圧が高く、夏は血圧が低くなるのも当然のことです。

最近は、自己測定が簡単にできる血圧計が普及し、家庭でも血圧を測る人が増えてきました。高血圧症と診断されて治療中の人では、医師に勧められて測っている人もたくさんいます。またスポーツクラブやゴルフ場などにも血圧計か備えられ、血圧を自己測定できるチャンスがふえています。日頃の健康管理の中に体温計や体重計とともに、血圧計も取り入れられつつあります。

家庭血圧を血圧管理にとりいれることの利点は、自分の日頃の血圧を知ることによって血圧が高いときと低いときの心身の調子を知ることが出来、医師に測定値を知らせることにより適切な降圧治療が受けられようになったことです。特に薬物治療を受けている場合には、家庭血圧が非常に役立ちます。それぞれの薬物によって、服用後降圧効果がでるまでの時間、作用の持続時間などが違います。同じ薬であっても、降圧効果は人によって違います。病院で計る血圧がちょうどよいと思われる場合でも、家庭で計ってみると下がりすぎて体がだるい。元気かでない、などの症状が出ていることもまれではありません。また起床直後に血圧か高い人も少なくありません。

生活の快適さを維持しながら血圧をコントロールすることが大切なので、家庭血圧は重要な情報源となります。病院受診時の血圧だけでなく、家庭血圧も加味した上での治療が理想的な降圧療法だといえます。家庭血圧計の使い方は簡単で、使用要領にしたがえば簡単に測定できすが、その測定値だけで、勝手に治療を中断することは禁物です。最も正確な血圧値は病院で使われている水銀血圧計による測定値ですが、両者の測定値は完全には一致しないまでも誤差はわずかで、市販されている家庭血圧計の多くは十分日常の使用にたえるものです。

多くの種類の物が出ていますが、価格は一万円前後です。圧迫帯は上腕に巻くもの、手関節や指で測るものがありますが、上腕に巻くものが信頼度が高いといえます。指で測るものは測定がより簡単ですが、指で測る血圧と上腕で測る血圧は、必ずしも同一視できないことを念頭におく必要かあります。

2014年6月3日火曜日

罪の意識の英会話

誰でも知っているように会話の学習は一般的にいって、男性よりも女性が、年長者よりも年少者の方が有利である。この一般原則に従うと私は不利な立場にあった。しかしここで文句を言っているわけにはいかない。私はいわば耐え難きに耐え、忍び難きを忍んで毎、米会話の勉強に通った。そういう努力を重ねていたある日、私は教室に坐っていた自分が、無意識にロシア民謡をロずさんでいるのに気づいて仰天した。

私はなぜ米会話の練習の最中にロシア民謡などをロずさんでいたのであろうか。あれはアメリカ語の、しかも会話の勉強をするということに、私か心の底で罪の意識を持っていたためであったのだろう。その罪の意識を打ち消すために、私は必死になってロシア民謡を口ずさんでいたのであろう。私が歌っていたのは、学生のとき左翼系の「歌ごえ運動Lの合唱練習で習い覚えた曲であった。

ともかく一年間、四谷の日米会話学院に通いつめたおかげで、私はフルブライト交換留学生の試験に通り一九六三年の夏、留学生としてアメリカに向った。当時のジェット機は少し気象状態が悪いと、ハワイには直航しなかった。そして私たちの飛行機もまずウェーク島に飛んだ。

太平洋戦争中、日本軍が占領して一時、大鳥島と呼ばれたことのあるこの島では、戦後十八年も経つというのに、日の丸を船腹に描いたまま座礁した、日本の輸送船がこれ見よがしに放置してあった。またホノルル空港に着陸する前には、戦争中に写真で見なれたパールーハーバーを空から見ることもできた。つまり私はアメリカという外国に来たのだというよりは、かっての敵国に来たという意識を強く持って、アメリカに入国したのである。

2014年5月22日木曜日

特別公的管理通告

硬く口を結んで東郷重興日本債券信用銀行頭取(当時)は、暗い影のなかから現れた。待ち構えていたおびただしい数の報道陣にもみくちゃにされながらも、周囲の様子など目に入らないかのごときで、言葉を発するそぶりさえ見せず、無言のまま黒塗りの車のなかに姿を消した。

一九九八年十二月十二日土曜日、正午をわずかに回っていた。東郷は、いましがた背後にそびえる総理府の一室で、竹島一彦総理府臨時金融再生等担当室長(内閣内政審議室長)から、「信じがたい」言葉を投げかけられたばかりだった。

「日本債券信用銀行に対して、金融再生法三六条に基づき、特別公的管理(一時国有化)への移行を通告する」それは、五七年に国策銀行として設立されて以来、四十二年にわたる日債銀の「幕引き」を意味する言葉だった。

特別公的管理への移行は、日債銀が初めてのケースではなかった。これに先立つ十月二十三日、日本長期信用銀行がすでに国有化されていた。ただ、その経緯を日債銀の場合と単純に重ねることはできない。長銀の場合は、株式市場に翻弄された挙げ句、信用不安が拡大し、自ら白旗を上げた。

日債銀は違う。少なくとも表面上は、株価も小康状態を保っていたし、当面の資金繰りにも不安はなかった。また、日債銀は「表向きの数字」を整えてもいた。この国有化通告のわずか二十日前に、九九年九月期の中間決算を発表したばかり。そこでは百億円の黒字が計上されていた。それにもかかわらず、金融監督庁は「ルールによる判断」で押し切ったのだ。

2014年5月2日金曜日

財政再建という政策目標

これも財政再建ムードを浸透させる一つのきっかけになって、八三年から八七年にかけて一般歳出を前年同額以下にするなど徹底した歳出の節減合理化が図られた。それは財政体質改善のためやむをえぬ過程ではあったし、当時の内閣(鈴木・中曽根)の最大の政治課題でもあった。ただ、たしかに、このような要請が財政政策と金融政策のポリシーミックスを決定していく上で一つの制約になっていた面があったことも否定できないだろう。

こうした財政再建ムードの中ではあったが、円高不況の深刻化に伴い、内需を中心とした景気の着実な拡大、対外不均衡の是正といった要請が強まった。そのため、八六年九月に総合経済対策(総事業規模約三兆六〇〇〇億円)、八七年五月に緊急経済対策(同約六兆円)が打ち出された。この政策については、発動のタイミングが遅れたとの批判がある一方、景気が回復してきた八七年五月に相当規模の経済対策が行われ、バブル発生の一因となったとの指摘もある。理論的には、おそらくもっと早めに思いきった財政上の景気対策を打ち出し、そしてもっと早めにそれを打ち切る決断をすべきだったのだろう。

金融政策についても述べたように、経済情勢の認識から経済政策の効果が発現するまでのタイムラグの存在は、経済政策を判断する上で難しい問題である。世論も、目に見える景気対策を催促する。これを制するのは、政治家にとって大変な難題となる。

そもそも財政再建という政策目標の取り扱い自体、極めて難しい。九六年以降の推移を見ても、政・財界、マスメディアを問わず財政再建は国民的コンセンサスとなり、歴代首相、蔵相から成る財政再建顧問会議まで開いて政治的意思決定をしたものの、不況が深刻化するとそのような経緯は忘れられがちである。今後景気が回復過程に入った後も、いつ健全化への政策転換を図るのか、それについて誰が責任を負うのかは、難しい問題として残るだろう。

2014年4月17日木曜日

沖縄の人々を怒らせた理由

日本の国是は明治以来、中央集権の強化である。それが100年以上続いた今、地方には、人材も独自文化も進取の気性も、ほとんど残っていない。地方に受け皿がないのだから、地方分権はもともと「地方切り捨て策」である。しかし、そこに「官僚解体」という隠れた目的が加わったことで、地方分権の主張は一気に活気づいた。舛添が、地方分権の先駆例となる「大阪独立」を「秘策」と呼んだのは、誇張ではなかった。県知事の中には官僚出身者も多く、彼らの多くは地方分権構想をスローガンだけの表層的な内容に薄めようとしたドそれに対し、中央政界からは、選挙のたびごとに橋下や東国原といった数少ない、人気のある独立系の知事を大騒ぎして盛り立てる動きが出て、地方の人々が地方分権に目覚めるのを誘導している。

鳩山の民主党は、この手の人々を奮起させる誘導策を、すでに沖縄で「普天間基地問題」としてやって、成功している。民主党は、野党時代から「沖縄ビジョン」で普天開基地の県外・国外移転を求め、政権に就いた後は、県外・国外移転を基調政策としつつ鳩山が「沖縄の民意を重視する」と言って沖縄県民を扇動した。鳩山が官僚とマスコミによる敵対策の中で動けなくなり、指導力が落ちた今では、沖縄のほとんどの人々が「普天間基地を県外(国外)に移転するまで戦う」という意志を持つに至った。

普天間基地問題が喧伝される中で、日本人は全国的に「地元に米軍基地が来たら大変なことになる」「そもそも日本に米軍基地が必要なのか」と考え始めた。普天間基地の移設先として名指しされた鹿児島県の徳之島では、大半の島民が移設に反対し、猛烈な反対運動を始めた。普天間基地がある限り、沖縄県民は基地追い出しの運動を続けるだろうし、本土にどんな移設先候補が出てきても、地元の人々が反対する事態となった。硫黄島など無人島への移設には米軍が反対する。最後には、米軍基地に日本から出ていってもらうしかない。米軍は、とっくに出ていく気になっている。日本には立派な自衛隊がある。もともと米軍の駐留は必要ない。

ここで当然「与党や首相には権力がある。民主党が米軍に出ていってほしいのなら、米国にそう言えばよい。沖縄県民の反基地運動の誘発などという回りくどい方法は必要ないはず」という疑問が出る。しかし実態は、そんなに理想的ではない。たとえば2009年秋以来、日本の外務省が軍事などに関する過去の日米密約の文書を破棄し、政治家や国民に知らせないようにしてきたことが民主党政権によって暴露されている。軍事だけでなく、1970年代にドル支援のために日銀が巨額資金を米連銀に無利子で半永久的に貸し出していた件も、日本側は文書を破棄していた。つまり官僚は、首相や議員に大事なことを教えないようにしてきた。首相や大臣は、マスコミや世論に非難されぬよう、うまくやる必要があるが、そのための情報や外交ルートなどは、すべて官僚が握っている。官僚は政治家が丸裸だと知りつつ、何でもお申し付けくださいといんぎんに言う。

同様の事態は米国でもある。オパマはアフガニスタンから撤退したいが、策略を持った側近に隠然と阻まれている。軍産英複合体が作った米国の英米中心主義の体制を壊すため、米中枢の多極主義者は、軍産複合体の一員のようなふりをして権限を握り、イラク戦争やイスラム過激派扇動などを過剰にやって失敗させるという、手の込んだ策略を展開した。オバマの顧問であるブレジンスキーは「世界的に人々が政治覚醒する時代が来た」と言ったが、これは彼自身を含む多極主義者が、世界的に人々の反米感情や独立精神を扇動し、世界を多極化する戦略である。普天間や地方分権の問題で、日本の民主党などがとっている戦略は、ブレジンスキーのものとよく似ている。