2015年12月3日木曜日

日本の主要輸出品とは

重要な部品が日本から東アジアに送られ、東アジアからは比較的簡単な部品と完成品とが送られるという貿易も盛んになった。平成九年版『通商白書』による一九九六年の統計では、韓国、台湾、香港、シンガポールへの日本の主要輸出品の第一位は、いずれも半導体・電子部品であり、主要輸入品の第一位は、韓国と香港が半導体・電子部品、台湾とシンガポールとがコンピュータである。そのコンピュータの大部分はパソコンで、日本の企業の逆輸入品か、現地企業と契約したOEM製品である。
 
この際、東アジアについて注目すべきは、すでに前著『日本経済の迷路を解く大予言』で述べたことであるが、東アジアの域内貿易額は、東アジアの域外貿易額より大きくなっているということである。東アジアの各国や各地域に日本系の組立工場や部品工場が分散した形で進出していて、国や地域の境をこえて部品が行ったり来たりするから、域内貿易額はそれだけ増える。

しかし、それより重要なことは、東アジア経済全体の発展のために、現地で製造された衣類やテレビやビデオや自動車などの完成品が、域内の住民たちによって、国や地域をこえて、どんどん購入されているということである。つまり東アジアの企業は、日本や欧米の企業の、OEM製品づくりや、たんなる下請け企業の地位から脱却して、相互に経済的に補完しあう地域を形成するようになった。
 
そして、家庭電化やモータリゼーションを特徴とするアメリカ風生活スタイルは、アジアNIESにはある程度行き渡っているが、なおかっかなりの市場拡大の余地がある。マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシアなどASEAN4においては、これから中間層を先がけとして浸透しようというところである。日本で言えば、一九五〇年代の前半にあたる。一九九七年から始まった金融危機のために、その消費市場の拡大は頓挫しているが、経済改革が進み、景気はすでに回復基調に入っている。

2015年11月4日水曜日

中国政府からみた駐在員

合弁の場合でも政府系と合弁する時は、相手側がその地域の政府とグルになって高い資産評価をする場合がある。また、第三者機関を通じて調査しても中々実態が分からない。結局は周りの人の評価を聞いたり、少しずつ取引をして、その会社の責任者の考え方、態度を見ながら本当の取引条件を見極めて行くしかない。最初から、有利な取引条件や大きな取引は出来ない。これをおろそかにすると、後で資金繰りで苦しむことになる。中国で怖いのは資金繰りである。特に会計法で会社経営をしている場合、売上基準は出荷量であり、帳簿上は利益が出ているので、安心してしまう。取引額が大きくなればなるほど、資金繰りをしっかり立てておかないと気が付いたら、「金がない」という状況が発生する。中国では銀行に行ってもすぐ金は貸してもらえない。

顧客が外資系といっても、日系といっても安心は出来ない。それは日系の顧客が中国国内の顧客への販売を中心としている場合である。その日系顧客の先の中国系顧客は日系の顧客に金を払わないからその付けがこちらに回ってくるからである。手形でも銀行保証手形ではなく、一般の商業手形を受け取る場合は余程相手が信用できるか、相手の致命的な弱みを握っていないと大変な事になる。基本的には「いつもニコニコ現金払い」が間違いない。相手が個人経営から大きくなった会社は気をつける必要がある。逃げてしまえばそれまで。国有企業系は、大事な取引先から、先に資金を支払う。ある時、当社の中国の顧問弁護士に相談をした。相手が未払いの場合、差し押さえは有効か否かの質問をしたときの回答は「差し押さえなどをしなくても良い常態で取引をすべき」との回答である。中国は、土地は国のものである。差し押さえても国との借地契約が当人となければ意味がない。よくある例は、工場と従業員を渡す、と言われてしまえばそれまでである。そんなもの貰ってもかえって困るだけである。

裁判所に訴えて、価値のある不動産や動産を差し押さえようとしてもその許可が出る頃は、工場は「もぬけの殻」となっている。例えば車にしても彼らは危ないと思ったらすぐ売却して後はリースで借りている。そんなことはこちら側に分からない。許可が降りる頃は差し押さえるべき物件がない。自宅を取り押さえようとしても手続きはそんな簡単ではない。車と同様なことが行われている。最近は、外資系でも個人経営に近い会社は、業績が悪くなると、会社をそのままにして夜逃げをする経営者がいる。従業員も会社もそのままにして。変だと思って催促をしにその工場に行くと経営者が一時帰国しているという従業員の回答。二、三回行っても同じ場合は、「やられた」と考えるしかない。中国人同士でもこのようなケースの場合、中々有効な手立てがないのだから外国人には更に難しい。

中国で商売をするのは難しいと言うが、販売をするだけなら難しくはない。安く、後払いで、品質がある程度保たれていれば、販売はすぐ出来る。勿論後で資金回収に泣くことになるが。中国ではやはり信用は人との関係に結びつくことが非常に多い。個人企業の日本人が、中国に来て日本語の出来る中国人を安心感からか簡単に信用するケースも危険だ。家族付き合いもないのにすぐ信用し、偏されたケースもよく聞く。相手がどんな人物かの調査も必要である。その場合その人が付き合っている人の評判も知る必要がある。前著でも簡単に触れたが、改めて触れてみる。これは中国とは限らない。何処の国でも言えることである。また同じく日本でも言えることである。

前著でも書いたが、中国も時代の変化(中国の発展)につれて考え方も変わって来る。中国沿岸地区の大都市では企業誘致も労働集約的な組み立て産業から、ITやソフト関係、環境関係など高付加価値製品を生み出す企業に変化してきている。那小平が提唱した沿岸地区を先に富ませ、その富を内陸にという政策を、民間を中心に進めていただけでは成功しないということから、政府が直接乗り出した。西部地区開発、束北地区振興、または各種メガロポリス開発と広域開発を図ることにより、その成果が見え始めた。沿岸地区の富が徐々に内陸部及び沿岸地区へと点から面へと変化させてきている。日本の場合は東京や大阪、中部地区が発展してその工場をよりコストの安い地方に移すことによって地方の活性化が見られた。その地方のコストも合わなくなると更に安い地域(国外)へと移って来た。

2015年10月3日土曜日

治安の不良と政治不安定

集中排除とともに必要なのは、軍事的強権支配の解消である。まず必要なのは、共産主義の復活阻止と治安維持の名目で、軍が日常的に国民を監視・抑圧する制度の除去であった。これは、「国家安定化支援調整機構」(略称BAKORSTANAS)という名の軍による監視組織が二〇〇〇年四月に解散されたことで、最初の一歩が記された。

次に、従来、陸海空軍とともに国軍の一翼に位置づけられていた警察が、まずハビビ政権トで九九年四月から国防治安省直属となり、さらに現グスードゥル政権下では二〇〇〇年七月から大統領直属機関に変更されて、軍から完全に独立した。治安は警察、国防は軍という任務分担を鮮明にして、平時における軍の治安維持への関与をなくそうという意図によるものである。また、グスードゥル政権下では国防相に文民が起用されたことも注目に値する。

しかし、「二重機能」論にもとづく軍部の一般行政権への関与そのものが本当に縮小・廃止に向かうには、まだだいぶ時間がかかるのではないだろうか。二〇〇○年八月の国民協議会総会では、国軍議席を当面は温存することも決められた。軍のなかには守旧派的勢力が根強く残っており、その克服にはなお曲折が予想される。政治改革と並行して経済再建が進められねばならないことは無論である。大きな関門が三つある。

第一は、過剰融資で行き詰まった銀行部門の立て直しである。政府機関の銀行再建庁(BPPN、英語略称はIBRA)がこれを進めているが、その救済融資自体が新たな腐敗の温床となるなど、前途は必ずしも容易ではない。第二は、シンガポールなど国外へ逃避している国内資本(人は華人系)を呼び戻すことである。それができなければ、国内外いずれからの新規投資の誘致も難しいだろう。逃避の最大の原因は、治安の不良と政治不安定にあるのだから、この問題の解決は政治改革の進展如何と実は不可分の関係にある。治安が確保され政治が安定しなければ、ニ〇〇〇年五月以降ふたたび一米ドル=八五〇〇ルビア以下に下落しているルビア為替相場の回復も見込めないであろう。

第三は、経済危機以降それ以前にもまして大膨張した対外債務の元利返済を今後どうするのかである。対外債務は、二〇〇〇年八月の政府公表では、政府債務七五〇億ドル、民問債務六九二億ドルの双方合わせて総額一四四二億ドルにも立している。借金づけの体質を改めるには、同時に長期的な経済発展戦略のビジョンの見直しが必要となろう。しかし、その方向づけが定まったとは、まだとうてい言えない。

2015年9月3日木曜日

バイアスがあった人口推計

旧推計に対しては、学者から、「出生率が回復するという仮定が甘すぎる」という批判が強かった。人口高齢化は厚生省の推計よりもっと厳しくなるだろうというのが、学者の多数意見たった。それにもかかわらず、厚生省は楽観的な見通しをこれまで変えなかったのである。新推計における見直しは、学者の批判のほうが正しかったことを示している。いうまでもなく、将来推計は難しい。しかし、多くの批判がある場合には、謙虚に耳を傾けるべきではないだろうか。

人口の高齢化は、日本が二一世紀において直面する最大の問題の一つである。とりわけ、社会保障費の今後の増加に関して、直接的な意味をもっている。「社会保障財政が抱える問題の深刻さを隠蔽するために、人口推計に意図的なバイアスが加えられていたのではないか」という疑いを払拭できない。

いずれにしても、日本経済の将来像を考える際の最も基礎的なデータが、これまで改訂のたびごとに深刻な方向に改訂されてきたのは、考えてみれば恐ろしいことだ。さらに恐ろしいことは、今回の推計でさえ、楽観的な。バイアスが残されているかもしれないということである。

人口高齢化は、さまざまな経済的影響をもつ。まず第一に、消費者の人口構成がシフトするので、需要構造もシフトする。若年者の需要が減り、高齢者の需要が増えるのである。これは、あらゆる産業に大きな影響をもたらすだろう。たとえば、住宅の経済的な意味は、従来は労働の再生産の場であった。高度成長期に大都市で建設された集合住宅は、そうしたタイプの住宅の典型である。

しかし、今後は、高齢者が生活する場としても意味が強くなる。したがって、職場への通勤よりは、日常生活環境が重視されるだろう。住宅の構造面でも、バリアフリーなどの特性が要求される。また、住宅の総数も、従来のように増えつづけることはなくなり、新規の建設よりは、既存ストックの改修や再活用が重視されるだろう。

教育も、大きな対応を要求される。若年人口が減少することは、対象人口が減少することを意味するからだ。進学塾や予備校などの教育産業は、今後衰退してゆくだろう。その半面で、介護などの対高齢者サービスの需要が増える。これらのかなりの部分は公的セクターで供給されるが、民間主体によるサービスも重要な意味をもつことになる。

出版物の内容や形態なども、若者向げのものよりは、高齢者向げのものが重視されるようになるだろう。観光地やレジャー施設なども、高齢者を対象としたものの比重が増えるだろう。以上で述べたのは、需要構造のミクロ的変化である。人口高齢化は、これだけでなく、マクロ経済面にも影響を与える。以下では、この側面について検討することにしよう。

2015年8月4日火曜日

興味ある擬態共生

スピロヘータという微小管をもつ最も動きの素早い微小生命が、他の細胞と共生した結果、生命の爆発的な発展を呼び起こし、共生生物の数も種類も飛躍的に増大したというのである。いまでも、スピロヘータは共生相手に潜り込んで、動けるようにする性質を失っていないそうである。われわれ人間の脳もまた、こうしたスピロヘータの卓抜なはたらきによって思考活動をつづけることができるのであろう。

マルグリスは、「脳は共生の産物」であるとして次のように述べているが、なかなか味わい深い言葉ではないだろうか。昔、微生物のスピロヘータは生きるために夢中で泳がなければならなかった。何十億年も経った今、彼らは脳という器官に組込まれ、その核酸とタンパクの遺物が、細菌が集まって進化した非常に複雑な混合体である人間の行動にも深く関係している。

もしかすると、現在の人問たちは町に、市に、また電波でつながれて集まり、思考がスピロヘータの泳ぎの上に成り立つのと同様に、各人の思考が集まって思いも寄らないネットワークを作り上げ始めているのかも知れない。われわれの個々の脳細胞、その微小管はスピロヘータの遺物と思われるものが人間の意識において占める役割を知らないのと同様、人勢の人々が集団組織を作ったら、どんな力を発揮するのか、われわれは気付いていない。

植物に、擬態共生という現象がある。たとえばイネとヒエを一緒に植えておくと、ヒエが人間に引き抜かれるのを恐れてか、ヒエがだんだんイネのやに似てくる。これは一つのテレパシーというか、植物白身が自らを防衛するコミュニケーションによるもので、光と色の合成による植物社会での共生現象の一例とも言える。また、アマはそれだけを植えておくとなかなか花が咲かないが、ナズナと一緒に植えておくと、ナズナの花が咲き実がなるにつれて、アマにも花が咲き実がみのる。

2015年7月3日金曜日

無差別テロで倒れた市民

国葬が行われる聖パウロ寺院まで、国旗におおわれた棺を乗せて運んだのは軍用トラックである。二棺づつ乗せてゆっくりと進むトラックは、一台ごとにその両脇に一騎づつ、華やかな甲冑姿の騎馬憲兵が護衛して進む。近衛兵としてもよい正装の騎馬憲兵の護衛は、国賓のみが受ける待遇だ。沿道でも騎兵の列がつづき、寺院に到着した棺は、ささげつつと敬礼をする兵士の列に迎えられた。イラクで倒れた男たちは、第一級の軍隊礼を受けたのである。これは、危険も知らずに行った地で巻きぞえを喰った「犠牲者」への待遇ではない。危険も覚悟のうえでの職務遂行中に倒れた、「戦死者」への待遇である。だがこれが日本に伝わると、「犠牲者」になってしまうのだった。

朝鮮戦争の頃からだから、平和の確立や維持が目的の海外派兵には、イタリアはすでに五十年の実績をもつ。死者は、五十年という歳月を考えれば驚異的とするしかないほどに少ない。だからイタリア人は、戦死者を迎えるのに慣れているわけではなかった。それでも、いざ死者が出たとなると「戦死者」と呼んで誰もが不思議に感じないのは、海外派兵そのものには慣れているからだろうか。反対に日本では、記者たちの頭の中でも少しの抵抗もなく、「戦死者」というイタリア語が「犠牲者」という日本語に変わってしまうのは、日本がこの五十年間、そのような行為に無縁で過ごしてきたからであろうか。

私にはなんとなく、「犠牲者」と呼んだのはマスコミだけではなく、首相や官房長官の口からも出だのではないかという気さえしている。せめて防衛庁長官ぐらいは、「戦死者」と呼んでくれたであろうか。だが、もしも日本中が「犠牲者」オンリーだったとすれば、それは日本では、言ったり書いたりする側もなに気なく「犠牲者」という言葉を使い、それを聴いたり読んだりする側も、なに気なく聴き流しているからにちがいない。

しかし、その日本も海外派兵の体験をはじめようとしている。仮りに不幸にも自衛隊員に死者が出たとしたら、そのときでも日本人は、「犠牲者」と呼び書くのであろうか。イラクに派遣する自衛隊員は戦争をするために行くのではないから、たとえ倒れても「戦死者」とは言えないとでもいう理由で。イタリア兵だって、イラクには英米による戦闘が終了した後に行ったのである。職業には貴賤はないと信ずる私だが、職務の果し方には貴賤の別は厳としてある、とは思っている。ということは、私もその一人であるシビリアンには各人各様の誇りがあるのと同じで、ミリタリーにも彼らなりの誇りがあるのは当然だ。巻きぞえを喰った結果である死ではなく、覚悟のうえの死、とでもいうふうな。

その軍人が戦地で倒れた場合、その彼らを、無差別テロで倒れた市民と同じように「犠牲者」と呼ぶのは、この人々に対して礼を失することではないだろうか。軍人ならば、「戦死者」と呼んでこそ、彼らの誇りを尊重することになるのではないか。日本に帰国中に読んだ新聞の記事に、自衛隊員は政治の駒か、と題したものがあった。私だったらこれに、次のように答える。そう、軍隊は国際政治の駒なのです、そして、駒になりきることこそが、軍隊の健全さを保つうえでの正道なのです、と。それゆえに、軍務に就いている人の誇りを尊重する想いと、その軍務は国際政治の駒であるとする考えとは、少しの矛盾もないと思っている。

2015年6月3日水曜日

社外活動やチャリティに不熱心

「相手に仕事でメリットを落とす」「それ言顧客に満足してもらう」「しかも原則的に」年以内にそれを実行する」。この三つの姿勢が外資系では徹底して求められるといっても過言ではない。CSR(企業の社会的責任)に真面目に取り組むようになり、それを怠ると罰せられる。日本企業のCSR(企業の社会的責任一コーポレートーソーシャルーレスポンシビリティ)レポートを読むと、そのほとんどが「環境に優しい自社製品の紹介」か「社員のボランティア活動」で占められている。CSRを「環境とボランティア」と割り切っているのはある意味で見事だが、本来の海外でのCSRにはもっと多様な活動が含まれている。例えば「職場を巡る人間関係の改善」や「社員の多様性の追求」といったテーマだが、日本企業ではそうしたテーマはCSRの枠外にあり、「取り組むのはよいことだが大真面目に議論するのは時問の無駄」といった雰囲気がある。

これは経営者の意識の問題だが、「良い製品を作って利益を仁げていればいい」という時代ではもはやない。社会と共生するとか、多くの多様な人材を登用し活躍の場を与える(外国人、女性、中高年などにも役員や部長への道をひらく)といったテーマが、外資系企業では単なるお題目ではなく、真剣に取り組んでいるのが日本企業との大きな違いだ。もちろん全ての外資系企業がこの点で優等生だというっもりはないが、日本企業の平均レベルよりも、在日外資系企業の平均点のほうが優れていることはほぼ間違いない。

利益至上主義とCSRが矛盾しない理由-外資系の「罪の文化」こうした利益追求以外の経営テーマがあることと、今まで述べてきた収益至上主義は矛盾しないのだろうか。そう思う読者の方もいるかもしれない。実は矛盾しない。なぜなら、日本が「恥の文化」と言われるように欧米には「罪の文化」という側面が確かにあるからなのだ。罪を意識する、すなわち自分をはるかに超えたところに審判者(神)がいるという潜在意識は、「悪いことをすればその分だけ良いことをして補わなければならない」という強迫観念を生む。利益、利益で社員にプレッシャーを掛けている外資系であるがゆえに、利益以外の「良いこと」も必死で推進しないと精神のバランスが取れないのである。

ロックフェラーやフォード、メロンといったアメリカの著名な財閥は、社会奉仕活動を昔から熱心に行なっている。「汚く」儲けた金を「綺麗に」使うという風習が社会に根付いているのである。これはヨーロッパやアジアでも同様だ。イギリス人、華人などはあこぎに儲ける人ほど、陰徳を施す傾向がある。従って、企業利益を追求するのと同じ程度の真剣さでCSRなどの多様な社会的テーマ年取り組むのである。外資系でこれを「くだらん、時問の無駄」と軽視したり、無悦していると、極端なときには「人問失格」という熔印まで押されてしまう。その結果、人間としてこの会社に置いてはおけないと、クビになることさえあるのだ。

解雇まで至らずとも、「社外活動やチャリティに不熱心」という評判が、微妙に昇進や昇格に影響をケえ、合併や買収などの修羅場では生死(つまり残れるか、残れないか)を分けることがある。会社が外資系に変わったら、女性の積極登用や地城社会との対話などを馬鹿げたことだと思わず、会社の方針に従って真面目に取り糾まないと、少なくともその振りぐらいはしないと、あなた自身が軽蔑され、上から対話を拒杏されるようになるかもしれない。喫煙や飽食が戒められ、健康管理ができない社員にはペナルティが与えられる。遅ればせながら喫煙天国の口本でもオフィス内分煙が進展し、会社によってはオフィス内完全禁煙を実行するようになってきた。しかし、まだ多くの日本企業では、オフィスのどこでタバコを吸おうが白山気ままの状態だ。

2015年5月8日金曜日

東アジアでは契約観念がきわめて薄い

日本も他の東アジア諸国・地域も、太平洋の向こうにアメリカの巨大市場があるために、雑貨や衣料品、簡単な機械器具などから始まって、次第に中級品から高級品を輸出するようになり、めざましい経済発展をとげたのであるが、最後に中国が登場し、東アジアとアメリカとの経済関係は、いよいよ大規模・緊密となり、世界経済のなかの東アジアの重みがさらに増すことは確かである。アメリカの影響はたんに技術や市場にかかわるだけではない。欧米の企業が商業取り引きにかかわる法律のもとで契約書を作成し、法律にしたがって契約を守り、法律で契約が保護されているのに対して、東アジアでは、その契約観念がきわめて薄い。一九九八年八月の新華社の報道によると、共産党中央と国務院は金融リスク問題を非常に重視して、金融界の貸し付け管理の強化を要請した。

それにもとづいて中国銀行は、融資や保証や担保、債権移転等々について、貸し出し契約にかかわる法律の原文と一つ一つ対照して取り決め、契約が法律の保護を受けられるように、業務を改善しつつあるという。中国でも法律はあるが、それを知らず、あるいは無視して取り引きが行われてきたケースが少なくないことが、この報道で分かる。また中国農業銀行は、融資を利用して株式・先物取り引きを行っている企業や、国の法律や産業政策で禁止されているプロジェクトを強行している企業に対しては、新規融資を中止し、未返済の旧債権を徐々に回収しているとも書いている。

2015年4月3日金曜日

低価格の空調機が得意分野

私は主として意思決定に責任を持つ会長兼CEO(最高経営責任者)、北井君は主に執行責任を担う社長兼COO(最高執行責任者)に就任。経営のグローバル化か進むなか、ますます幅と深みを増す課題に素早く対応するため、役割分担を決めた。北井君は私より10歳年下であり、北井君の先輩や同世代の役員にも活躍してほしい。私か重しとなって役員陣の求心力を保つ狙いもある。ところが、残念なことに北井君が健康を害し、2年で社長を退任してしまう。後任には現場経験か豊富で数字に強い岡野幸義副社長を選び、手腕を発揮してもらっている。企業は時代に適応した先見性のあるリフダーのもとで、激しい環境変化に機敏に対応できなければ競争には勝てない。自分たちに代わる次の経営陣を育成しようと若手幹部には重要な部門を任せて修羅場の経験を積ませ、04年に社内に設けた「経営幹部塾」でも鍛えている。

経営者に求められる資質とは何か。私には持論がある。経営者には、美しいものを見たり聞いたりしたときに心底感動する人が多い。美しい音楽を聴いて、あるいは心温まる話を聞いて感動する感受性がなければリーダーとしては成功しないようだ。自ら人を引っ張るというより、周りの人たちか自然にその人を引き立て、リーダーとしての仕事をさせる側面か強いと思う。物事に感動し、それをエネルギーとして一歩を踏み出すリーダーの姿を見て周りの人間は安心してついていくのではないだろうか。

経営諮問委員として当社の経営に参画していただいているりIダフの方々はまさにそんな資質を備えている。2007年時点では椎名武雄(日本IBM最高顧問)、宮原賢次(住友商事会長)、中谷巌(三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長)の各氏ら異分野・異業種の一流の方々6人だ。02年にはアートコーポレーションの寺田千代乃社長らを社外取締役に迎えた。経営諮問委員、社外取締役と社外監査役は07年時点で計10人。生え抜き取締役と監査役は計1111人で、激しい議論の応酬のなかから最適な解を見つけようとしている。社外の方々に触発される点は多い。椎名さんは明るく人を惹きつける魅力にあふれる経営者。情報技術(IT)時代の企業経営の針路や日米の経営手法の違いなどの助言を大いに役立てている。06年7月に経営諮問委員に加わっていただいたオムロンの立石義雄会長には、創業者から受け継いだ経営理念の徹底、人柄から生まれる求心力などを学んでいる。皆さんともに経営者のお手本である。

2015年3月4日水曜日

復帰後の土地問題

加えてケネディ大統領は、大統領行政命令を改正して、米民政官を現役の軍人から文官に改、めることなどの施策も講じた。むろん、大統領の打ち出した新機軸は、先にふれたケイセン調査団の勧告に基づくものであった。ところで、この頃、日米安全保障条約が、沖縄には適用されていなかったこともあって、ベトナム戦争に対して、沖縄では、それほど大きな反対運動は起きていなかった。しかし、長崎の佐世保基地と同じように、沖縄でも基地従業員たちは、戦死したアメリカ兵の死体を洗わされたり、遺体を袋に入れて米本国に送還する作業などもやらされていた。一部の港湾荷役の組合員たちが、LSD(上陸用舟艇母艦) へのベトナム向け物資の荷役を拒否したりしたが、大した盛り上がりにはならなかった。

ベトナム戦争当時、米軍基地周辺の繁華街は、ケバケバしいネオンがこうこうと輝き、「バケツで金を運んだ」といわれるくらい繁盛を極めたという。しかし、それはまたこのうえなく殺伐としたにぎわいでしかなかった。明日死ぬかもしれないという思いで自暴自棄に陥った若い米兵たちが、休暇で沖縄基地に戻ると、有り金を全部使い果たしたからだ。兵士たちは、休暇とはいえ、一瞬たりとも心理的緊張をゆるめることはできなかったようだ。基地周辺でバーを経営していたある女性は、「戦場より休暇で沖縄に来た兵士達は、死の恐怖におびえていて、何気なく後ろから肩でもたたこうものなら、反射的に戦場での仕草で自分の身を守る構えをしたものです」と記録している。

復帰時点のいろいろな記録を読み返すと、いかにして沖縄に安保条約を適用するかについて、ずいぷんと議論されている。それまで沖縄には、核も自由に配備できただけでなく、基地の使用毛自に田であった。それだけに、この条約を適用することによって、日本本土と同じように拘束されるのは好ましくない。というのが米軍側の考えであったからだ。これに対し、地元住民は、一日も早く米軍の不当な統治から脱却して、日本へ復帰することに望みをたくしていた。

しかし、いざ沖縄が日本への復帰を果たしたとなると、今度は、日本政府が、安保条約に基づいて住民の土地を軍用地として米軍に提供しなければならないことになった。そのため日本政府は、復帰直前の一九七一年一月に「沖縄における公用地等の暫定使用に関する法律」(略称「公用地暫定使用法」)を制定し、翌年五月一五日の復帰と同時にこれを施行した。この法律は、契約を拒否する地主の土地に対して、強制的に使用する措置を認めたものであった。したがって、復帰後、軍用地の大半は、形のうえでは日本政府と地主との「賃貸借契約」の関係となったが、その実質的内容は、復帰前とほとんど変わることはなかった。

日本政府が米国に提供している駐留軍用地は、前章でも述べたように、安保条約第六条及び日米地位協定の第三条と第四条の規定に基づいて提供されている。日本政府が米軍に土地を提供する場合には、原則として、日本政府(防衛施設局)がまず上地所有者と当該土地の賃貸借契約を締結して使用権原を取得し、米軍に提供するという方法を取る。つまり防衛施設局長と土地所有者との間で賃貸借契約が締結された後、防衛施設局長は、土地所有者から上地の提供を受け、これを米軍に引き渡す形となる。

2015年2月4日水曜日

歯止めと逆転のためには

少子化・高齢化への対処策を「負担増か福祉レベルの切り下げか」だけの袋小路に追い込んでしまわないほとんど唯一の脱け道が、男権社会遺制の打破などをもとに、出生率の回復をはかることである。

産みたくない者に産めと強制することはできないし、すべきでない。ただ、住宅の量・質などの生活条件も含めて、現在の日本に「産みたくても産めない」「産む気になれない」と思わせるような不合理な阻害要因があるなら、これを取り除くことは、それこそ政治であり政策である。

先に引用した八代尚宏氏らの研究は「少子化は社会的病理の表れ」であるとし、特に女性の社会的地位と出生率との相関関係についての先進各国間の比較を次のように要約している。

「女性の経済的地位の向上に対応できない、企業や家庭における伝統的な制度・慣行が根強い国ほど、子育てを担う家庭の機能の低下が著しく、出生率の低下の度合は大きい」

「女は家庭を守れ」と決めつけるような男権社会遺制は、日本における税制や年金制度など、「家族・家庭」単位に成り立っている仕組みを中心に考えると、必ずしも「男が悪い」ばかりではあるまい。

男権遺制を改め、出産、育児にかかわる女性への不合理な負担をなくしていくことを通じて出生率の回復をはかるには、男女の性差を超えた、日本の社会全体の合意を広げていかねばならないのである。

2015年1月7日水曜日

親になるための教育を

時と場合を考えて行動するという能力は、人間として大切なものであるから、是非とも教えてほしい。これは原理を具体的な場合に応用するという、父性的な能力をつけるという意味でも大切な観点だと言うことができる。この観点は古記のアンケート調査のたいていの項目に当てはまる。最後に、教えるのが最も難しいが、「人間としての品位」ということも、基準として入れたいと思う。ここまでくると、小学生や中学生には難しいとは思うが、しかし完全には分からなくても、そういうことが大切なこととしてあるのだということを先生は語るべきである。いけない理由として、単に「他人に迷惑だから」というだげでなく、もっと人間として大切な「品位」とか「美しさ」「礼儀」「気品」「ふさわしい」などという観念を導入したいものである。こういうことを説明するのは、たいへん難しいことではあるが、それを避けていては、人間としての教育は成り立だないと思う。我々はもっと抽象的な徳目の教え方について研究をしなければならない。

個々の規則を定めてそれを形式的に守らせるという教育の方法ではなく、抽象的なモラルの原理を教えて、それを日常生活に応用する訓練をするというのは、父性を育てる上で非常に大切なことである。教師を育てる課程の中に、そういう徳を教える教授法を入れるべきである。道徳教育は反動だなどという間違った考えによって、大学の教育学部の課程の中に、そういう訓練が導入されていないということが、大きな問題だと思われる。道徳教育というと、命の大切さを教えるとか、自然にふれる体験をさせる、友だちと協力して何かをする、といった内容がうげる世の中である。いわばソフトな内容なら、受け入れられる。それは、今の若い女性が、結婚の相手として「男らしい人」とは決して言わないで、必ず「優しい人を」と言うのと、どこか共通のものが感じられる。しかしそれは女性的、母性的感覚からの発言であり、父性的な倫理の感覚ではない。

もちろん命の大切さや優しさを教えることは大切である。しかし言うなればそれは母性原理からの人間教育であり、父性原理からする道徳教育とは言いがたい。父性原理からする道徳教育とは、人間としての品位を保ち、欲望や感情のコントロールをし、善悪の区別をつける力を養うことである。とくに、してよいことと、絶対にしてはならないことの、げじめを教えることは最低限必要なことである。これは単に優しさだけではなく、父性的な厳しさを必要としている。善悪を教えると言うと、すぐに価値観は人さまざまで、何が善くて何が悪いかは簡単には言えないから、そういうことは教えるべきではないと反論する人がいる。しかし善悪の区別を教えるとは、具体的に何が善い、何が悪いということを教えるというよりは、善悪の区別というものがあるのだということを教えることである。

その例として、最低限人間として守るべき徳目を教えると同時に、具体的にいろいろなケースを出して、生徒に討論させ、考えさせるという教育がなされるべきである。日本人が父性を取り戻すためには、今、学校教育の中にもっと父性原理を導入すべきである。子どもを育てる親としての仕事は、じつは非常に高度な専門的な仕事である。誰でもやっているから、誰にでもできることだと思うのは錯覚である。誰もがやっていても、その仕事を正しく上手にやっているわけではない。その証拠には、子どもが不良になったり、不登校になったり、いじめつ子になったり、心身症を起こしたり、子どもに背かれたりと、親子の関係がうまくいっていない家族のほうが多いくらいである。子どもの育て方に失敗したと述懐する人は非常に多い。子どもの育て方について教えてくれる人がいない、教えてくれる機関がないのである。