2014年9月3日水曜日

取引所による上場会社の規制

この場合、損害を被った投資家は、発行者やその役員の一般不法行為(民法709条)に基づく損害賠償責任を追及することになりますが、取引所の自主ルールの違反が直ちに不法行為法上の「違法性」の要件を満たすとはいえず、開示の遅滞や不実開示が違法と評価されるのはどのような場合か総合的に判断されることになるでしよう。取引所は、上場会社の決算発表の際に、次期の売上高・経常利益等の業績予想、利益配分に関する基本方針、経営成績・財政状態の当期実績および次期見通しの分析などの開示を求めており、決算内容とこれらを併せて決算短信と呼んでいます。決算短信は、有価証券報告書による開示よりも前に、決算情報を速やかに投資家に開示することを目的としています。

決算短信の開示内容は投資家のニーズを反映して近年充実が図られてきましたが、開示情報の増大により決算発表が遅れる懸念もあるため、東京証券取引所では、決算短信の内容を整理・簡素化し、原則として期末後45日以内に発表するよう求めています。決算短信に含まれる情報のうち業績予想は、法的には、上場規則によって開示が義礎づけられるものではなく、証券取引所の要請により上場会社が自発的に開示するものです。経営者による業績予想は投資家の投資判断にとって極めて重要な情報ですし、経営者がアナリスト等に個別に業績予想またはその判断資料を提供するのに比べると「公平な開示」を実現するものといえ、多くの上場会社が取引所の要請に応じて業績予想を公表しているのは好ましい慣行です。

業績予想の開示は、それが外れたということだけから虚偽の開示であると評価されることはありませんが、合理的な根拠に基づかない業績予想は、それを開示した時点ですでに虚偽の開示といえます。その場合、業績予想が外れる可能性を投資家に表示して注意を促すだけでは、発行者は免責されません。証券取引所は、四半期開示やタイムリー・ディスクロージャーのように、法令よりも高いレベルの情報開示を自主規制によって実現してきました。上場会社のコーポレートーガバナンスや上場会社の行動についても、自主規制による規律づけは可能です。質のよいルールが制定されれば上場会社にも投資家にも利益になりますので、市場間競争が機能すれば、放っておいてもよいルールが制定されると期待できます。

もっとも、いったん上場した会社が取引所を変更するにはコストがかかりますし、会社は上場後に適用される自主ルールの内容だけを見て上場先を決定するわけではありませんから、実際には、自主ルールについて競争が成立しているとはいえないでしょう。コーポレートーガバナンスに関する諸外国の例を見ると、ニューヨーク証券取引所(NYSE)は、上場会社の取締役の過半数が独立取締役であること、および取締役候補者選考・コーポレートーガバナンス委員会、報酬委員会、監査委員会のメンバーが全員独立取締役であることを、上場会社に求めています。これは、エンロン事件等の会計不正事件を経て、2002年制定のサーベンスーオックスリー法によって連邦法によるコーポレートーガバナンスヘの介入が強力に推し進められた結果ですが、NYSEの規則の内容は、連邦法に基づいて制定されたSEC規則のさらに先を行くものです。

これに対しロンドン証券取引所(LSE)は、上場会社が尊重すべき最善慣行規則を定め、これと異なる基準を採用する会社には、その理由を開示させ、開示によって会社の慣行を誘導する政策(「従うか、さもなくば説明せよ」のルール)を採用しています。以下では、わが国の証券取引所による上場会社の規制を、東京証券取引所(東証)の例を用いて紹介します。平成17年ころに、敵対的な企業買収が数件試みられ、投資ファンドが積極的に株主権を行使するなど、企業の現経営陣が「買収の脅威」に晒される事態が生じました。これに対応して上場会社は、ライツプラン(ポイズンピルともいう)と呼ばれる新株予約権を典型とする、さまざまなタイプの買収防衛策を導入しました。