2012年8月23日木曜日

日朝秘密外交接触・一九九九年一〇月

北朝鮮の統一戦線部の干渉を排除して、両国の外務省同士の接触が図られたことが一度だけあった。

一九九九年一〇月一八日から二〇日まで、シンガポールで日本外務省の北東アジア課長と北朝鮮の日本課長の秘密会談が行われた。このおよそ半年前にも、シンガポールで日本のアジア局長と北朝鮮側の日朝交渉大使との秘密会談が行われたことがあった。この時は。アジア太平洋平和委員会の担当者が同席しており、外務省同士の会談ではなかった。

この一〇月の外務省同士の秘密会談には、統一戦線部は強く抵抗したが、金正日総書記の許しを得て実現したのだった。関係者によると、シンガポールでの両国外務省の課長会談では、一九九九年の一二月末までに国交正常化交渉の予備会談を開催することで合意したのだった。予備会談の日時については、二一月二〇日頃に行うことになった。また、その後に本交渉を再開することでも、基本合意したという。

そのまま事が運べば、日朝の外交当局者による初の合意で正常化交渉が再開され、外交当局を中心にした外交展開が行われたはずであった。ところが、日本と北朝鮮の国内状況は、外交当局の単独行動を許すほど単純ではなかった。外交当局に主導権を奪われては困る人たちが、東京と平壌には存在したのである。

もっとはっきり言えば、「白分たちが日朝正常化交渉の再開に道を開いた」と喧伝したい人たちがいたのである。そうすることで、日朝関係への発言権を強化できるからである。国益を考えるなら、政治家が前面に出ずに外交当局にまかせて、交渉目的の実現を図るべきである。ところが、国益よりも私益優先に必死になる人々が日朝の双方に存在したのである。

日朝交渉に道筋を開いたと報道させることが、どうして私益優先になるのか。日本の政治家にはよく知られるように「族議員」といわれる人たちがいる。「建設族」や「郵政族」「文教族」である。こうした族議員は、業界と結びついて政治資金を得ていると一般には受け止められている。同じように、朝鮮問題に関わろうとする政治家がいる。この本ではあえて「北朝鮮族」と命名しておきたい。ともかく、外交政策で政治家が功名心に走り、利権に群がるのは中曽根康弘元首相も指摘している通り、危険である。国益を失わせ、国家に損失を与えるからだ。