旧推計に対しては、学者から、「出生率が回復するという仮定が甘すぎる」という批判が強かった。人口高齢化は厚生省の推計よりもっと厳しくなるだろうというのが、学者の多数意見たった。それにもかかわらず、厚生省は楽観的な見通しをこれまで変えなかったのである。新推計における見直しは、学者の批判のほうが正しかったことを示している。いうまでもなく、将来推計は難しい。しかし、多くの批判がある場合には、謙虚に耳を傾けるべきではないだろうか。
人口の高齢化は、日本が二一世紀において直面する最大の問題の一つである。とりわけ、社会保障費の今後の増加に関して、直接的な意味をもっている。「社会保障財政が抱える問題の深刻さを隠蔽するために、人口推計に意図的なバイアスが加えられていたのではないか」という疑いを払拭できない。
いずれにしても、日本経済の将来像を考える際の最も基礎的なデータが、これまで改訂のたびごとに深刻な方向に改訂されてきたのは、考えてみれば恐ろしいことだ。さらに恐ろしいことは、今回の推計でさえ、楽観的な。バイアスが残されているかもしれないということである。
人口高齢化は、さまざまな経済的影響をもつ。まず第一に、消費者の人口構成がシフトするので、需要構造もシフトする。若年者の需要が減り、高齢者の需要が増えるのである。これは、あらゆる産業に大きな影響をもたらすだろう。たとえば、住宅の経済的な意味は、従来は労働の再生産の場であった。高度成長期に大都市で建設された集合住宅は、そうしたタイプの住宅の典型である。
しかし、今後は、高齢者が生活する場としても意味が強くなる。したがって、職場への通勤よりは、日常生活環境が重視されるだろう。住宅の構造面でも、バリアフリーなどの特性が要求される。また、住宅の総数も、従来のように増えつづけることはなくなり、新規の建設よりは、既存ストックの改修や再活用が重視されるだろう。
教育も、大きな対応を要求される。若年人口が減少することは、対象人口が減少することを意味するからだ。進学塾や予備校などの教育産業は、今後衰退してゆくだろう。その半面で、介護などの対高齢者サービスの需要が増える。これらのかなりの部分は公的セクターで供給されるが、民間主体によるサービスも重要な意味をもつことになる。
出版物の内容や形態なども、若者向げのものよりは、高齢者向げのものが重視されるようになるだろう。観光地やレジャー施設なども、高齢者を対象としたものの比重が増えるだろう。以上で述べたのは、需要構造のミクロ的変化である。人口高齢化は、これだけでなく、マクロ経済面にも影響を与える。以下では、この側面について検討することにしよう。
2015年9月3日木曜日
2015年8月4日火曜日
興味ある擬態共生
スピロヘータという微小管をもつ最も動きの素早い微小生命が、他の細胞と共生した結果、生命の爆発的な発展を呼び起こし、共生生物の数も種類も飛躍的に増大したというのである。いまでも、スピロヘータは共生相手に潜り込んで、動けるようにする性質を失っていないそうである。われわれ人間の脳もまた、こうしたスピロヘータの卓抜なはたらきによって思考活動をつづけることができるのであろう。
マルグリスは、「脳は共生の産物」であるとして次のように述べているが、なかなか味わい深い言葉ではないだろうか。昔、微生物のスピロヘータは生きるために夢中で泳がなければならなかった。何十億年も経った今、彼らは脳という器官に組込まれ、その核酸とタンパクの遺物が、細菌が集まって進化した非常に複雑な混合体である人間の行動にも深く関係している。
もしかすると、現在の人問たちは町に、市に、また電波でつながれて集まり、思考がスピロヘータの泳ぎの上に成り立つのと同様に、各人の思考が集まって思いも寄らないネットワークを作り上げ始めているのかも知れない。われわれの個々の脳細胞、その微小管はスピロヘータの遺物と思われるものが人間の意識において占める役割を知らないのと同様、人勢の人々が集団組織を作ったら、どんな力を発揮するのか、われわれは気付いていない。
植物に、擬態共生という現象がある。たとえばイネとヒエを一緒に植えておくと、ヒエが人間に引き抜かれるのを恐れてか、ヒエがだんだんイネのやに似てくる。これは一つのテレパシーというか、植物白身が自らを防衛するコミュニケーションによるもので、光と色の合成による植物社会での共生現象の一例とも言える。また、アマはそれだけを植えておくとなかなか花が咲かないが、ナズナと一緒に植えておくと、ナズナの花が咲き実がなるにつれて、アマにも花が咲き実がみのる。
マルグリスは、「脳は共生の産物」であるとして次のように述べているが、なかなか味わい深い言葉ではないだろうか。昔、微生物のスピロヘータは生きるために夢中で泳がなければならなかった。何十億年も経った今、彼らは脳という器官に組込まれ、その核酸とタンパクの遺物が、細菌が集まって進化した非常に複雑な混合体である人間の行動にも深く関係している。
もしかすると、現在の人問たちは町に、市に、また電波でつながれて集まり、思考がスピロヘータの泳ぎの上に成り立つのと同様に、各人の思考が集まって思いも寄らないネットワークを作り上げ始めているのかも知れない。われわれの個々の脳細胞、その微小管はスピロヘータの遺物と思われるものが人間の意識において占める役割を知らないのと同様、人勢の人々が集団組織を作ったら、どんな力を発揮するのか、われわれは気付いていない。
植物に、擬態共生という現象がある。たとえばイネとヒエを一緒に植えておくと、ヒエが人間に引き抜かれるのを恐れてか、ヒエがだんだんイネのやに似てくる。これは一つのテレパシーというか、植物白身が自らを防衛するコミュニケーションによるもので、光と色の合成による植物社会での共生現象の一例とも言える。また、アマはそれだけを植えておくとなかなか花が咲かないが、ナズナと一緒に植えておくと、ナズナの花が咲き実がなるにつれて、アマにも花が咲き実がみのる。
2015年7月3日金曜日
無差別テロで倒れた市民
国葬が行われる聖パウロ寺院まで、国旗におおわれた棺を乗せて運んだのは軍用トラックである。二棺づつ乗せてゆっくりと進むトラックは、一台ごとにその両脇に一騎づつ、華やかな甲冑姿の騎馬憲兵が護衛して進む。近衛兵としてもよい正装の騎馬憲兵の護衛は、国賓のみが受ける待遇だ。沿道でも騎兵の列がつづき、寺院に到着した棺は、ささげつつと敬礼をする兵士の列に迎えられた。イラクで倒れた男たちは、第一級の軍隊礼を受けたのである。これは、危険も知らずに行った地で巻きぞえを喰った「犠牲者」への待遇ではない。危険も覚悟のうえでの職務遂行中に倒れた、「戦死者」への待遇である。だがこれが日本に伝わると、「犠牲者」になってしまうのだった。
朝鮮戦争の頃からだから、平和の確立や維持が目的の海外派兵には、イタリアはすでに五十年の実績をもつ。死者は、五十年という歳月を考えれば驚異的とするしかないほどに少ない。だからイタリア人は、戦死者を迎えるのに慣れているわけではなかった。それでも、いざ死者が出たとなると「戦死者」と呼んで誰もが不思議に感じないのは、海外派兵そのものには慣れているからだろうか。反対に日本では、記者たちの頭の中でも少しの抵抗もなく、「戦死者」というイタリア語が「犠牲者」という日本語に変わってしまうのは、日本がこの五十年間、そのような行為に無縁で過ごしてきたからであろうか。
私にはなんとなく、「犠牲者」と呼んだのはマスコミだけではなく、首相や官房長官の口からも出だのではないかという気さえしている。せめて防衛庁長官ぐらいは、「戦死者」と呼んでくれたであろうか。だが、もしも日本中が「犠牲者」オンリーだったとすれば、それは日本では、言ったり書いたりする側もなに気なく「犠牲者」という言葉を使い、それを聴いたり読んだりする側も、なに気なく聴き流しているからにちがいない。
しかし、その日本も海外派兵の体験をはじめようとしている。仮りに不幸にも自衛隊員に死者が出たとしたら、そのときでも日本人は、「犠牲者」と呼び書くのであろうか。イラクに派遣する自衛隊員は戦争をするために行くのではないから、たとえ倒れても「戦死者」とは言えないとでもいう理由で。イタリア兵だって、イラクには英米による戦闘が終了した後に行ったのである。職業には貴賤はないと信ずる私だが、職務の果し方には貴賤の別は厳としてある、とは思っている。ということは、私もその一人であるシビリアンには各人各様の誇りがあるのと同じで、ミリタリーにも彼らなりの誇りがあるのは当然だ。巻きぞえを喰った結果である死ではなく、覚悟のうえの死、とでもいうふうな。
その軍人が戦地で倒れた場合、その彼らを、無差別テロで倒れた市民と同じように「犠牲者」と呼ぶのは、この人々に対して礼を失することではないだろうか。軍人ならば、「戦死者」と呼んでこそ、彼らの誇りを尊重することになるのではないか。日本に帰国中に読んだ新聞の記事に、自衛隊員は政治の駒か、と題したものがあった。私だったらこれに、次のように答える。そう、軍隊は国際政治の駒なのです、そして、駒になりきることこそが、軍隊の健全さを保つうえでの正道なのです、と。それゆえに、軍務に就いている人の誇りを尊重する想いと、その軍務は国際政治の駒であるとする考えとは、少しの矛盾もないと思っている。
朝鮮戦争の頃からだから、平和の確立や維持が目的の海外派兵には、イタリアはすでに五十年の実績をもつ。死者は、五十年という歳月を考えれば驚異的とするしかないほどに少ない。だからイタリア人は、戦死者を迎えるのに慣れているわけではなかった。それでも、いざ死者が出たとなると「戦死者」と呼んで誰もが不思議に感じないのは、海外派兵そのものには慣れているからだろうか。反対に日本では、記者たちの頭の中でも少しの抵抗もなく、「戦死者」というイタリア語が「犠牲者」という日本語に変わってしまうのは、日本がこの五十年間、そのような行為に無縁で過ごしてきたからであろうか。
私にはなんとなく、「犠牲者」と呼んだのはマスコミだけではなく、首相や官房長官の口からも出だのではないかという気さえしている。せめて防衛庁長官ぐらいは、「戦死者」と呼んでくれたであろうか。だが、もしも日本中が「犠牲者」オンリーだったとすれば、それは日本では、言ったり書いたりする側もなに気なく「犠牲者」という言葉を使い、それを聴いたり読んだりする側も、なに気なく聴き流しているからにちがいない。
しかし、その日本も海外派兵の体験をはじめようとしている。仮りに不幸にも自衛隊員に死者が出たとしたら、そのときでも日本人は、「犠牲者」と呼び書くのであろうか。イラクに派遣する自衛隊員は戦争をするために行くのではないから、たとえ倒れても「戦死者」とは言えないとでもいう理由で。イタリア兵だって、イラクには英米による戦闘が終了した後に行ったのである。職業には貴賤はないと信ずる私だが、職務の果し方には貴賤の別は厳としてある、とは思っている。ということは、私もその一人であるシビリアンには各人各様の誇りがあるのと同じで、ミリタリーにも彼らなりの誇りがあるのは当然だ。巻きぞえを喰った結果である死ではなく、覚悟のうえの死、とでもいうふうな。
その軍人が戦地で倒れた場合、その彼らを、無差別テロで倒れた市民と同じように「犠牲者」と呼ぶのは、この人々に対して礼を失することではないだろうか。軍人ならば、「戦死者」と呼んでこそ、彼らの誇りを尊重することになるのではないか。日本に帰国中に読んだ新聞の記事に、自衛隊員は政治の駒か、と題したものがあった。私だったらこれに、次のように答える。そう、軍隊は国際政治の駒なのです、そして、駒になりきることこそが、軍隊の健全さを保つうえでの正道なのです、と。それゆえに、軍務に就いている人の誇りを尊重する想いと、その軍務は国際政治の駒であるとする考えとは、少しの矛盾もないと思っている。
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